Monthly Archives: October 2006

2006年10月23日(月)

こんにちは。
Reiko Imoto:Photo/Artsへようこそ!

フランス・ナント市で9月に開催された『DEAPORAMA』写真祭での個展とスライドショーは無事修了いたしました。

沢山のご来場、誠にありがとうございました! さてここで、スイス・バーゼル市にて11月に開催される招待個展のお知らせです!

Dreamscapes by REIKO IMOTO
会期: 2006年11月2日(木)~25日(土)
会場: PEP+NO NAME ギャラリー
住所: Unt. Heuberg 2, 4051 Basel, Switzerland
tel. / fax: 061 261 51 61
ウェブ: http://www.pepnoname.ch

開館時間: 月~金 ・12時~19時 / 土 ・11時~16時
オープニング・レセプション2006年11月2日(木)、18時~20時

11月にスイスへ来られるご予定の方、スイスにお住まいの方は、どうぞこの個展にお立ち寄りくださいね!!


そして、アメリカ・テキサス州、サンアントニオ市での国際フォトフェスティバル『Fotoseptiembre USA』にて開催中の個展は10月30日まで引き続き催される予定です。この個展の詳細は以下をご覧下さい。

Dreamscapes-Triptychsby REIKO IMOTO 
会期: 9月15日(金)~10月30日(月)
会場: Bihl Haus Arts
住所: 2803 Fredericksburg Road (Primrose Apartments)
San Antonio, TX 78201, USA
website: http://www.bihlhausarts.org
** 開館時間; 金-土、1:00~4:00pm、
*その他の曜日/時間帯に来館ご希望の方は、事前にご予約ください。
連絡先: Kellen Kee McIntyre
Phone (210) 383-9723
E-mail kellenkee@swbell.net  

* 展示キュレーター: Michael Mehl 氏
* この個展はサンアントニオ市文化庁の助成基金によってサポートされています。(サンアントニオ市文化庁 City Of San Antonio Office Of Cultural Affairsのウェブ;http://www.sanantonio.gov/art/website/ )
** 主催者であるSAFOTO (サンアントニオ国際写真祭・FotoSeptiembre USA) のウェブにて、2006年の展覧会プログラムが只今発表されています。 詳しくはコチラからどうぞ!;
http://www.safotofestival.com/fotoseptiembre-2006.html


★ さて、ここで9月の個展と旅の「レポート」を“ジャーナル”風にお伝えしたいと思います。 お時間おありの方はお付き合いくださいませ。ではどうぞ・・・

9月は移動だらけの月だった。 まず、私の住むベルギーからフランス (ナント) へ行き、個展とスライドショーの準備などで3日間滞在。 『DIAPROMA』 写真祭の主催者(マテウス・タルゴウスキ氏)とスタッフに温かく迎えられ、まずはナント市見物を楽しんだ。 ナントは大きな川が流れる街で、街中に大きくて綺麗なお城や教会が沢山あり、建物は全体に白っぽく、道にはゴミが無いような・・・。 クリーンな印象の街だ。 3日間の間、私はお約束の(フェスティバルのスライドショーの為の) “ナント撮りおろし”の写真を撮影しながら街をひとりで練り歩くこともしてみたのだが、残念なことに天気がさえず、空はどんよりと曇っていて、はっきりとした光も影も見えない。 苦手な天気である。 それと、私はどちらかというと、“小汚い町”のほうがインスピレーションが湧いてくる方なので、小綺麗なナントと“悪戦苦闘”を繰り広げていた。 あーでもない、こーでもないと感じているうちに日は暮れる一方・・・。 それでも夕闇の中でもしつこく写真を写していると、街灯、ライトアップ、ショーウィンドウ、車のライトなどの光が輝き出し、白っぽかったナントの街に光と影、そしてネオンなどの色も見えてきた。 「こういう感じかなあ。」と、パシャパシャ撮り進み出し、調子も出てきた。 “白黒写真人間”の私が、今回この新しいスライドショーの為に、気分転換(?)ということで“カラー”で写してみたのだが、やっぱり知らない内に、“色”よりも“光と影”に惹かれてシャッターを切っているなあ、と再確認。 自分流になんとか撮り終えることができた。 (“限られた時間での宿題”のようだったけれど、とても勉強になりました。 スナップ写真風のこのスライドショーも、またウェブに載せる予定ですのでどうぞお楽しみに!)

ナントでの個展の準備をようやく終え、次に、アメリカ・テキサス州へパリ発のエール・フランスで移動を・・・ と、スムースにいくはずだったこの旅路。 だが、これがまた道中、色々あったのだ。 ナントからパリの空港へ鉄道で移動し、飛行機の離陸2時間半前に荷物のチェックインを済ませたのだが、同時に、私のシートがオーバーブッキングされている(!)、と伝えられてしまった。 寝耳に水だ。 「あなたはウェイティング・リストの11番目。 待機してみて、もし席がうまらなかった場合は搭乗の可能性も。 パルドン、マドモアゼル!」とかなんとかその従業員は言うではないか。 「え~~~、うそお。」と驚きと焦りを隠し切れない私であったが、とりあえずターミナル・ゲートへ向かうことに。 その後、大勢の搭乗客がどんどんボーディングしていくのを目で追いながら、ため息をつくこと約100回。待たされること2時間余り。 驚いた事に、離陸予定時間を1時間以上もオーバーしているというのに、次々と遅れて駆け込む搭乗客が計40名ほどもいるではないか。 「この人たちより4時間も早く空港に到着しているのに、なんで私がキャンセルなのよ?」という疑問と不条理さで頭はいっぱいに。 しかも個人的には、2日後にテキサス州の大学での写真レクチャーを控えていたので、なんとしてでも遅れるわけにはいかない。 しかし、ヤキモキしながら待った甲斐も空しく、私を含めた3人の搭乗がキャンセルに。 ああ、無情! 「なんとか乗せて~! オーバーブッキングって一体どないなんよ!? (注: 実際は英語でしたが、心の中ではこんな感じの関西弁。)」 とエール・フランス従業員に訴えてみたが、「オーバーブッキングだから仕方が無い。」といわれるばかり。 「ほんまにも~、めちゃ困んねんけどなあ。 “仕方が無い”って、一体だれのせいで、こないなことに・・・。」と強情を張ってみると、「我々のせいですが、そういうことです。」と素直にいわれる始末。 この従業員は会社のマニュアル通りに受け答えしているだけ・・・ということぐらいは、もちろん分っているものの、海外という場所では、押す所は押さねばお客の権利は尊重されない。 「も~、こんなん初めてやわ。 もう、エール・フランスには今後絶対乗りませんッ、プンプンプン。」とかブツブツ言ってみると、「この次のテキサスへの便は明日になります。 エール・フランスが往復旅費代の殆どを返済し、今晩のホテル代と食事代もお支払い致します。」ということに。 意外な対応に、それまでプチ切れしていた私の口元が少々緩みかけた。 が、そこで急にニンマリしてガッツポーズなどしてしまっては今までプリプリしていた分、あまりに格好がつかないというものだ。 なんとかクールに平静を保ちながら、「OK~・・・。そういうことなら・・・まあ、仕方が無いわねえ・・・。」と、いかにも“当然”というふうに答えておいた。 が、内心、びっくりであった。 そして損したような、得したような複雑な気分であった。 「時は金なり」が珍しく実証されたのだから悪くは無いだろう。 だが、衣類などが入った自分のスーツケースは、チェックインしたまま明日の便に転送、ということで、“着たきりスズメ”のまま、しかも“リキッド”や“クリーム”などは「テロ防止対策」のルールに従い、「手持ち」ではなく全て「チェックイン」してしまったので、基礎化粧品なども手元に無いまま、空港ホテルへ。 配られたエール・フランスの旅行セット・ポーチを開けてみると、髭剃りセットとか、マウス・ウォッシュとか、汗止めスティックとか、非常時には全く役に立たない物ばかり入っていた。 そんなこんなで色々あり、1日遅れはしたものの、フランス~アメリカ間往復を3000円程度の (“神戸の実家~京都往復”よりも安い) 超激安価格で飛び、テキサスの大学でのレクチャーにもなんとか間に合ったのだから、総括的には万事オーケーとなった。 そして、全くの余談であるが、飛行機の私の座席の (通路をはさんで) 隣には「犬」が居た。 ポメラニアン犬だった。 目が点になった。国際線で犬を見たのは初めてだった。 しかも、離れた別の席にも、もう1匹の犬が。 両方の犬とも「クゥ~ン、クゥ~ン、バウアウ!(腹へった、メシくわせ~)」と、英語訛りらしき犬語で始終騒がしかった。 隣のアメリカ人・飼い主は、最初は犬をカバンに入れていたが、時々そこから出しては毛布に包み、膝の上に乗せては“なでなで”したりしていた。 アメリカ人の“犬可愛がり度”はまさしくオーバー・ザ・トップである。 この日は犬が乗れるほど座席に余裕があったことだけは確かだが、「オバケのQ太郎」(古い!)みたいに犬嫌いの乗客がいたとしたら、さぞかし“地獄”だったことだろう。 「これでいいのか、エール・フランス?」と、私はちょっと考えた。 しかしながら、前日はこの犬達のせいでオーバーブッキングになったのではなくてよかった・・・とも思った。 自分がキャンセルされたにも関わらず、この2匹の犬が飛行機に乗り込む後姿を見送っていたとしたら、無垢な犬達にも八つ当たりする、というみっともない結果になっていたに違いない。

いろいろあったが、ダラス到着後は、私が大尊敬する写真家・アーティストのスーザン・ケイ・グラント氏のお家でお世話になり、スーザン氏が写真を教えている大学 (Texas Woman’s University) でレクチャーを実施。 自分の初期の頃から現在までの写真作品の中から、100枚ほど (計6シリーズ) を選んだものをスライドで見せながら、作品のテーマやアイデア、特に最近の作品の“「夢」や「潜在意識」からのインスピレーションを表現すること”等について1時間ほど語った。 学生さん達も熱心な眼差しで聞いてくれ、締めくくりの「質疑応答」のコーナーでも、楽しく時間を分かち合う事が出来た。 レクチャー後に、小さな写真作品をプレゼントしてくれた学生さんもあり、ナイス・サプライズに大感激。 実はこのレクチャーに関するオファーが私のところに舞い込んだのは、当日のたった2週間前だったのだが、思い切ってやってみて良かったなあ、と今は思える。 なんでもやってみれば、やる前に思っていたほど難しくないもの。(ですよね?) 特に「自分自身の作品について」なら、他の人より自分が一番よくそれを知っているわけだし。 あと、英語を忘れてなくてよかった~とも思った。 ベルギーでは、英語を使う機会が少ないので、なんとか英語を忘れない様にしよう、と改めて感じた。

その後日、本題の、テキサス・サンアントニオ市の 『Fotoseptiembre USA』 国際写真祭へ。 到着翌日、主催者のマイケル・メール氏とアン・キンサー氏に温かく迎えられ、個展の搬入に立会った。 会場はBihl Haus Arts というアート・ギャラリーで、ライム・ストーンという白い石造りの、新しくてクリーンな建物。 天井がとても高く、明り取りの窓が天井近くにたくさんあり、自然光と人口光の両方で、とても明るい感じが印象的。 ギャラリー・ディレクターのケレン氏とご主人のエリック氏、そしてマイケル氏の助けで、『Dreamscapes』シリーズの搬入完了。 今回は初めて、“額無し”、(マットとアクリル・ガラス付き)という形態での展示になった。 額がないので、作品がいつもより軽やかな印象で、ギャラリーの明るい感じとよく合っていた。 サンアントニオという、メキシコ系の文化も栄えている、この街の明るい雰囲気にもピッタリして見えた。 作品というものは、ギャラリースペースの雰囲気や展示の仕方など、その時々の環境の変化により、色々と違って見えてくるものだなあ、と再発見。 今までは、“ローマ式”アーチがあるような古風なギャラリーでの展示が多かったため、そして人口光のみが使われていたためか、作品がクラシックで、“おごそか”な感じに見えたが、今回のとても明るい光のギャラリーでは、作品のイメージが自分の目にはフレッシュに映った。 おもしろいものである。 オープニングには老若男女大勢の人々が集まり、写真やアート、様々な話に花が咲いた。 サンアントニオに住む人たちは、ものすごくフレンドリー。 それも、“表面的なフレンドリーさ”とは違う、本物のおおらかさを感じた。 過去にアメリカ南部(南東部)の、ジョージア州(サバンナ市)に住んだことがある私は、(ここだけの話だが)当時、“人間嫌い”になりかけたことがあった。 あちらの人といえば、いかにも“偏った”愛国主義をかかげた、“「ジョージ・ブッシュ、大好き!」ステッカー”を車のバック・ウィンドーに貼るような、はっきりいって(昔風にいえば)“単細胞”で“根性ババ”な、市民があまりにも多かったからだ。 そしてサバンナという町は、白人アメリカ人とアフリカ系アメリカ人の間の人種的な社会亀裂が、ものすごく激しい町でもあった。 過去の奴隷制度の古傷の“膿”が未だにありありと見えるような歪んだ町だった。 そして、凶悪犯罪は日常茶飯事、おまけに世界最大級の核廃棄物処理所と核兵器製造所が市内を流れるサバンナ川流域に備え付けられているため、土壌の環境汚染が激しい、という恐ろしい背景まであった。 だが皮肉なことに、サバンナは見た目はプリティーな町だった。 “クラシック”な建物や綺麗な公園が多く、アメリカ人の観光地として大変人気があった。町のいろいろな“ダークサイド”というものは、長く住んでみて初めて分ってくるものなのだろうが、私は引っ越してきた最初の日からあの町の持つ“異様さ”に気が付いていた。 (話せば長くなるのでこれくらいにしておきたい。) 対照的に、こちらサンアントニオでは、白人アメリカ人とメキシコ系アメリカ人の人種的摩擦は全く感じられないようで (当然、それぞれの歴史的な違いもあるのだが)、私の目には、皆仲良くやっているように見えた。 同じテキサス州出身であるJ=ブッシュを崇拝しているような人も意外に見当たらなかった。 アメリカ、と一言でいってみても、州や町によって、こんなにも人の感じって変わるものなんだなあ、と改めて感じた。 個人的なアメリカの印象が、また新しくなった。

さて、本題のFotoseptiembre写真祭だが、主催者のマイケル・メール氏とアン・キンサー氏によって、他の写真展のオープニングにもいろいろと案内して頂き、沢山のフォトグラファー達にも出会うことができた。 個人的に気に入った個展は、John Molerという写真家の 『Still Lifes』 というモノクロのシリーズだった。 テーブルの上にミニチュアの人形やオブジェなどをセッティングして、セレクティヴ・フォーカスで撮影したシンプルなものなのだが、それが、なんともいえない詩的な静けさと淋しさを帯びているのだ。 “表面的な”センチメンタルな感じとは違う、どこかもっと深々と物悲しい感じの世界。 「壊れてしまった古い愛機(カメラ)」を想うときの気分に似ていた。

自分自身のオープニングの夜にはギャラリー・ディレクターのケレン氏とエリック氏のお家でパーティー、そして翌日の夜には、マイケル氏とアン氏のお家でのパーティーが催された。 たくさんのお客さん達と一緒に、美味しい手作りのご馳走を頂き、おしゃべりに楽しい時が流れた。 「アメリカ南部(南西部)の“Hospitality”って、こういうものなのだろう、きっと。」と、初めて肌でそれを感じることができた。 サンアントニオの人たちに感謝。 とても楽しい写真祭であった。 いつか再び訪れたい、と思える町がまた一つ増えた。

Fotoseptiembre USA』 国際写真祭での個展の様子 (14 pics)。
イメージをクリックしてご覧下さい。

2週間のテキサス滞在を終え、もう一つの個展が待っている『DIAPORAMA』 写真祭(フランス・ナント市)へ“とんぼ返り”した。 ナントでは、Pol’nという名前のアート・センターでの個展開催だ。 展示のキュレーションについては、自分が「ギャラリー見取り図」を事前に見た時にアイデアだけは指示しておいて、搬入自体は、私がアメリカに行っている間に、主催者側にお任せしておいたのだ。 実際の展示が良い感じに出来上がっていたので、ほっとした。 このアートセンターは“アトリエ”系のカジュアルな建物であるが、空間が結構広いので、2シリーズの作品群(『Dreamscapes』と『Dreams of the Amnesiac』)を展示することができた。 “堅苦しくない”空間での展示のせいか、作品が身近に感じられる気がした。 会場に置いてあったゲストブックにも、来場者の方々によっていろんな感想が書かれていた。 「デヴィッド・リンチの映画、『マルホランド・ドライヴ』を思わせる・・・」とか、「以前に自分が書いた小説を思わせる (自転車で教会へ乗り込み、そこから続く“地獄”へ突進する話。)」とか、面白いことが色々と書かれていた。 そういう想像力をくすぐるような感想は、読んでいてこちらもゾクゾクするから好きだ。 そんなこんなで、この個展もスムースに進み、主催者のマテウス氏とスタッフの方々の協力のお陰で、心温まるナントでの滞在となった。 スライドショーは Le Lieu Unique というアートセンターにて、ナント滞在も終わりに近付いたある夜に開催された。 最初に、私のカラーの新作、『A Day in Nantes』 が上映され、そして自分の過去のモノクロ4作品がそれに続いた。 スライドショーというものは、普通の写真の個展とは違ってライヴ感が伴う。 スライドショーは、ある意味“エンタテーメント”である、と私は考えているので、それを創る時には、かなり観る側の目線に立って全体を組み立てているつもりだ。 1枚の写真は、ほぼ8秒ごとに次の1枚に移り変わっていき、音楽とうまく調和しながら、全体として何かを伝えなければならない。 (個展とは違って、)普通、観客たちは“受け身”だ。 彼らは当然何かが“提供”されるであろうと期待しながら、ただスクリーンに向かって座っているだけなのだ。 だからスライドショーというものは能動的でないと、何のインパクトも無く終ってしまう、ということになりかねない。 対照的に、個展というものは、観る人(個人)と写真(イメージ)との内的な対話である。 観る側の能動的な心の働きかけにより、初めて見えてくるものもあるだろう。 必要ならば、何分間でも、何回でも、好きなだけそのイメージの前に立つことだって可能である。 だが、スライドショーは、大衆に向けての“一発勝負”である。 そしてエンタテーメントは楽しんだ者の勝ちである。 今回、ナントでの自分のスライドショーでは、私も観客に混じって“人ごとのように”ワクワク楽しんで見ていた。 見慣れたはずの自分の写真が大きなスクリーンに映し出され、そして、大きなステレオから流れてくる音楽によって、イメージがより効果的に生かされていた。 ワクワクしないわけもなかった。 そして、いろいろな国からの写真家/アーティスト達のスライドショー作品も沢山堪能することができ、とても楽しい時間だった。 ナントの人達とフェスティバルに感謝! またいつかこの街を訪れることを、マテウス氏とスタッフに約束してベルギーへの家路に着いた。

DIAPORAMA』 写真祭(フランス・ナント市)での個展の様子 (19 pics)。
イメージをクリックしてご覧下さい。



Le Lieu Unique
でのスライドショー(@ 『DIAPORAMA』 写真祭)の様子 (1pic)。 イメージをクリックすると大きくご覧いただけます。

ブリュッセルへ帰ると、サンアントニオのフェスティバルから郵便物が届いていた。 中には“サンアントニオ新聞”が入っていた。 『Fotoseptiembre USA』 の記事がいろいろと載っていて、私の個展に関する自身へのインタヴュー(美術評論家・ダン・R・ゴダール氏によるもの)もあった。 それと共に個展の 『Dreamscapes』 の写真作品が1点載っていた。 そこまでは良かったのだが、その下に何よりも大きく自分の顔写真がどアップで載っていたからたまげた。13cmx16cmというアメリカン・サイズのカラー写真だった。 何がそんなに可笑しかったのか、大口を開けて笑っているものだった。 サンアントニオ全市民は、作品ウンヌンよりも、私の奥歯の虫歯に注目したに違いない。 やられた。 アメリカへ行く前に歯医者へ行っておくべきだった。 次回の訪問までには何とかしたい。 (* このインタヴューはインターネット版にもなっています。 こちらの方は例の顔写真は載っていないので笑えませんが・・・;www.MySA.com )

次の個展は11月のスイス(バーゼル市)だ。 スイスでの展覧会は初めてなので楽しみ。 バゼルはドイツ語圏だそうだから、オープニングではドイツ語で挨拶などもできるようにしておこう、と今いろいろ考えているところ。 正直、“チーズ・フォンデュー”などの名物料理も頭をよぎる“食欲の秋”ではあるが、その前に良い個展となるようにがんばろう!(完)

・・・というわけで次回のレポートもお楽しみに! 長い文章にお付き合いくださいまして、ありがとうございました!

最後になりましたがその他の「NEWS」は・・・

★ 9月11日にロシア・モスクワ市の Project Fabrika ギャラリーで開催された『(Inter)communication』というアート・グループ展に参加しました。 FAXで送られたイメージとテキスト”をそのまま展示、という“国際的コミュニケーション文化”をテーマとした展覧会でした。 私の“原 画”はこちらです – (これがFAXを通してがロシアに着いた時点で、きっと少し違ったものに見えたことだろう、とは思いますが。それがこのグループ展の狙いのひとつかも。);

★ そして、アメリカ発の文芸/アート・ウェブマガジン 『Blood Orange Review』 (Volume 1.3) に、私の作品が只いま紹介されています。(写真シリーズ、『Visions of the Other Side』 からの2点です。) 『Blood Orange Review』 のウェブはこちら;
http://www.bloodorangereview.com/v1-3/v1-3.htm

この秋は、日本の空にも秋らしい青空が・・・と聞いていますが、あなたの街の空はいかがですか? 私の上にも、たま~になんですが“ベルギー晴れ”の雲ひとつ無い青空が見えることも。 あ~、気持ちの良い空気!
秋は一番好きな季節です。
皆さんもどうぞお元気で、よい秋の時間をお過ごしくださいね!
それではまた!

Reiko